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年が明けて

January 5, 2009

新しい年が始まりました。あけましておめでとうございます。まだまだ雪が降っているバンクーバーです。こんなに雪が毎日降ると、だんだん慣れてきて、また雪?!緑が恋しい・・!なんて思ってしまう自分がいます。2008年はあっと言う間に始まり、あっと言う間に終わってしまいました。そして、2009年。私とハニャはクリスマス前モールを歩いていた時に、風邪だかインフルエンザだか良くわからないウィルスを貰ってしまったようで、初めハニャが、次に私が攻撃にあい、看病しあいながら年末年始寝てました。悪いものを体から排除し、新しい年の今はすっかり元気になりました。

毎年、毎年、その年年に私なりに学ぶことがあって、それが自分が実行していることと学ぶことがうまく繋がりあって色々感化され、それが先に伸びていくようで自分が行くべき方向が見えてくるような感じになります。その方向に向かって、ある意味では導かれて?、見える?それとも目指したいその先に向かって今年もマイペースながら頑張っていきたいと思います。

毎朝目が覚めて静かな朝に起きることができて感謝。
毎晩目を閉じて静かな夜に眠ることができて感謝。

人はひとりでは生きていけない、であるとか、生かされている、とかいう言葉はよく聞く言葉ですが、昔昔から生きてきた人たちが私達に残してくれた言葉には多くの知恵がたくさんあるなと思うことが多いです。マクロなところで言えば、もしも地球が太陽からの距離がもうちょっと近かったり、遠かったり、太陽の燃え方がそれこそもっとボウボウとしていて、調度よい頃合がなかったら、やっぱり生物が生まれる環境は出来なかっただろうし、今自分が生きていけるのは、もちろん住む所があったり、食べ物があったり、水があったり、電気があったり、これらも全てどこかの誰かに頼って生きているわけで、またご先祖さまが居たからであって、それだけで、ひとりでは生きていない、色々なものに生かされていると思います。

日本語は面白いな~と思います。この、「色々」という言葉。色には多くの色があります。だから1つ1つ違うものを色々って言うようになったのだと思うのですが(予想・・)。十人十色という言葉もこの「色」をうまく使ってひとりひとりの考え方や好みなどが違うことをうまく言い表しているなと思います。色自体、それぞれ見ている人の視力や脳での判断のされ方で色の識別が違ってきます。だから、私が見ている色と他の人が見ている色は違っていて、それだけで色々。十人の人が見る同じ色も十人なりに違う色の感じ方となる。これはPCで見ているスクリーン上の色となると更に色々になってしまう。デジカメで撮った風景の色は、既にカメラに撮られた瞬間にカメラ設定の色となってしまい、私が裸眼で見た色とは違っています。更にそれをPCに取り込んだ場合、各々が持つパソコンのブランドによって、また、セッティングの仕方によって、見る色が全く別物になってしまう。それをまた印刷した場合、印刷機のブランドや設定によってまた更に出力色が異なってくる。色々ありすぎて自分が求める色が必ずしも相手側にも同じように見えているとは限らない。色はやっぱり難しい。これは色だけの話に留まらない?

こういう風に考えていると、全てのものはそれが色であったり言葉であったりしてもなんだか色々繋がっていて、切磋琢磨しながら、それはマクロな宇宙の仕組みでも、ミクロな個人生活でも、うまいこと調和しながらそれぞれに感化しながら繋がり伸びていってるんだろうかな~と思ったりします。でも、どこへ?う~ん、わかりません・・。私は自分がわかるなりのところで自分なりに進んでいきたいと思います。

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